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大阪地方裁判所 昭和61年(ワ)11071号 判決 1990年6月28日

原告

秀平俊章

被告

棟近晃

主文

一  被告は、原告に対し、金二七五万二九一〇円及びこれに対する昭和六〇年一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決一項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、金一三三九万五八四一円及びこれに対する昭和六〇年一月四日以降支払済みまで年五パーセントの割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、普通乗用自動車同士の追突事故につき、被追突車の運転者がこれにより負傷したとして、追突車の運転者に対し、民法七〇九条に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  争いのない事実等(以下の本項の記載のうち、括弧内に証拠を引用、注記した部分以外は、すべて当事者間に争いがない。)

1  次のとおりの交通事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 昭和六〇年一月四日午後三時二四分ころ。

(二) 場所 京都府乙訓郡大山崎町字大山崎名神高速道路下り線(以下、「本件道路」という。)四九六・七Kp先路上。

(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車(品川三三せ八〇六三、以下、「被告車」という。)。

(四) 被害車両 原告運転の普通乗用自動車(大阪五二せ六六三、以下、「原告車」という。)。

(五) 態様 原告車が前記事故発生場所(天王山トンネル内)において、渋滞により停止したところ、後方から走行してきた被告車に後部から追突されたもの。

2  被告の責任

被告は、車両を運転するに際して、自車の前方を走行する車両があるときには、前者との間に安全な車間距離を保ち、かつ前車の動向を注視して安全運転をすべき注意義務があるにもかかわらず、右注視義務を怠り、渋滞により原告車が停止したのに気付かず、その後部に追突したものであり、民法七〇九条所定の過失による不法行為責任を負う。

3  原告の受傷内容

原告は、本件事故により、頸部捻挫の傷害を蒙つた(なお、原告は、これとともに三叉神経痛ないし大後頭三叉神経症候群の傷害をも蒙つた旨主張するが、この点は、後記のとおり、本件の争点である。)。

4  原告の治療経過

原告は、本件事故後、次のとおり通院治療を受けた。

(一) 蘇生会病院 昭和六〇年一月四日から同月七日まで

(二) 小倉診療所 同年一月七日から同年二月八日まで

(三) 丸太町病院 同年二月一五日から同年四月二日まで

(四) 池田鍼灸接骨院 同年四月三日から昭和六一年五月三〇日まで

(五) 市立豊中病院 昭和六一年六月一三日から同年一〇月二四日まで

(六) 国立循環器病センター 昭和六〇年四月四日から昭和六二年六月一一日まで(甲六、甲一二の一、甲一二の二の一、甲一四、証人脇理一郎、原告本人により、これを認める。)

二  争点

1  本件事故と三叉神経痛又は大後頭三叉神経症候群との間の因果関係の有無

(一) 原告は、本件事故後原告に発症した三叉神経痛又は大後頭三叉神経症候群は、本件事故によつて発症したものである旨主張し、これを前提に、本件事故と相当因果関係のある治療期間は、少くとも市立豊中病院での治療を終える昭和六一年一〇月二四日までであると主張し、また、本件事故により、頸部捻挫及び三叉神経痛による頭痛、頸部から上肢にかけてのしびれ、顔面右側部の疼痛等の後遺症が残り、これは、少くとも後遺障害別等級表の一二級一二号に相当すると主張する。

(二) これに対し、被告は、本件事故後原告に発症した症状は三叉神経痛でなく大後頭三叉神経症候群であるが、右症候群も本件事故によつて生じたものではなく、原告の持病たる副鼻腔疾患に起因するものである旨主張する。そして、これを前提に、本件事故と相当因果関係にある治療期間は、昭和六〇年四月二日までであると主張し、また、本件事故と因果関係のある後遺障害は何ら生じていない旨主張する。

2  損害額

その主要な点は後遺障害による逸失利益の有無であり、被告は、原告には事故による減収などの不利益は一切生じていないので、仮に後遺障害が残存していたとしても、逸失利益は生じない旨主張する。

第三争点に対する判断

一  争点1について

1  事実

争点1に対する判断の前提として、まず、本件事故の態様、原告の受傷状況、原告の症状及びそれに対する治療の経過、三叉神経痛及び大後頭三叉神経症候群に対する医学的知見等についてみるに、前記争いのない事実に加え、証拠(甲一ないし四の各一、二、甲五の一ないし九、甲六ないし一〇、甲一二の一、甲一二の二の一、甲一二の二の一、甲一三の一、甲一三の二の一、甲一四ないし二〇、乙一の一、二、乙二ないし四、乙五の一ないし九、乙六、乙七の一ないし三、乙八、証人脇理一郎、原告本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故態様及び原告の受傷状況について

(1) 本件道路は、副員七・八メートルのコンクリート舗装のなされた平坦な道路(走行車線と追越車線の二車線がある。)で、本件事故当時、路面は乾燥していた。

本件事故地点は、天王山トンネル内で、その東側入口から約二〇メートル程度西に入つた付近の追越車線上である。

(2) 原告は、原告車を運転して、本件道路追越車線を東から西に向かつて走行し、天王山トンネルに入つたあたりで前方が渋滞し、前車(以下、「A車」という。)が停止したので、A車との車間を約二・六メートルあけて停止した。そして、その直後、原告が、ブレーキペダルに足をのせたままルームミラーで後方を見ると、被告車が本件道路追越車線上を減速する様子なく原告車の後方に接近してきたのを認め、危険を感じ、ハンドルを握つて体に力を入れ、防御体勢をとつたが、その直後、被告車前部が原告車後部に追突した。

(3) 他方、被告は、被告車を運転し、原告車に追従して、本件道路追越車線を走行していたが、天王山トンネルの約二〇〇メートル手前付近から、本件道路が渋滞ぎみであつたため、減速した状態で進行していた。そして、右トンネルの入口付近(本件事故地点の約二二・六メートル手前)にさしかかつたとき、原告車との間隔が約一一・四メートルに開いたので、アクセルペダルを踏んで時速約三五キロメートル以上に加速するとともに、助手席に同乗中の三歳の次女の動静が気になつたことから、助手席の方に目を向け、前方を十分注視しないまま、本件事故地点の約九・八メートル手前にさしかかつた。その時、被告は、被告車の約六・三メートル前方に、停止しようとしている原告車を認め、危険を感じて急制動の措置を講じたが間に合わず、本件事故地点で停止中の原告車に前記態様で追突した。

なお、本件道路上には、追突地点から東側に約三・一メートルの被告車のスリツプ痕が付着していた。

(4) 右追突後、原告車は、その衝撃により前方に押し出され、約二・六メートル前方に停止中のA車の後部に原告車前部を追突させて停止し、他方、被告車は、本件事故地点の約一メートル前方に停止した。

(5) 右追突による各車両の損傷状況は、次のとおりである。

被告車 前部グリル、バンパー凹損、ラジエター破損、中破

原告車 後部グリル、バンパー凹損、前部グリル凹損、中破

A車 後部バンパー、トランク凹損、小破

(6) 原告は、本件事故の衝撃により、首をシートで打つたが、出血等外表上の異常はなかつた。

(二) 原告の症状及びそれに対する治療の経過等について。

(1) 原告(昭和一九年九月二七日生、本件事故当時四〇歳)は、本件事故当日、蘇生会病院で受診し、頸椎捻挫により二週間の加療を要する見込みである旨の診断を受けた。そして、本件事故の三日後の昭和六〇年一月七日には、自宅近くの小倉診療所に転医したが、右診療所における初診時、原告は、頸部痛、肩痛、頭重感を訴えていた。原告の病状はその後も軽快せず、同診療所で注射、点滴、電気療法等の治療を受けていたが、同診療所に牽引設備がなかつたことから、同年二月一五日に丸太町病院に転医し、同年四月二日まで、同病院において、頸部牽引、理学療法等の治療を受けた。

原告は、本件事故当時、近畿コカコーラボトリング株式会社中京営業所長の職にあり、本件事故後数日間は、正月休みを利用して休養していたものの、職務の関係上長期間自宅療養等をすることができなかつたことから、すぐに頸部痛等を抱えながらも就労するようになり(当初の約一か月間は半日勤務にとどめていた。)、同年一月下旬ころからは、通常どおり仕事を遅くまですることがあり、遅くまで就労すると頸部痛が増悪するという状態であつた。

(2) 原告は、右のような生活状況の下、頸部痛等が継続していた同年三月中旬ころ(本件事故の約二か月半後)から、前記症状に加え、右顔面のしびれ、口内のしびれ、歯痛、数時間から数日間持続する右顔面の発作的疼痛等を感じるようになり、同年三月二九日に、はじめて、丸太町病院の担当医師に対して、顔面(鼻の下から顎にかけて)の痛みを訴えた。

原告は、鎮痛剤を服用するも、顔面痛が治まらなかつたことから、同年四月三日には、池田鍼灸接骨院で診療を受け(この時、原告は、右顔面の疼痛、歯痛、頭痛、頸部から上部のしびれ、鼻がつまる、口が渇く、口が苦い、首、肩、背がこるなどの症状を訴えている)るとともに、同月四日には、それまで私病の高血圧症で通院していた国立循環器病センターの医師(脇理一郎)に右症状(及びその前日に発症した右側頭部痛)を訴えたところ、脇医師は、原告の右顔面部の疼痛発作等の症状につき、典型的な三叉神経痛であると診断した。

脇医師が、右症状に対して、抗けいれん剤のデクレトールを投与したところ、右側頭部痛は治まり、右顔面の疼痛発作もある程度治まつたが、依然として、右疼痛発作が月に二、三回程度発現することがあるほか、右顔面や口内のしびれが続いたため、国立循環器病センターや市立豊中病院に通院して、右疼痛発作の治療を受けた。

(3) 右投薬等の治療により、右顔面疼痛発作の回数は減少し、原告は、昭和六二年一二月一一日に至り、脇医師により、原告の症状は、昭和六一年一〇月二四日に三叉神経痛等の後遺障害を残して固定した旨の診断を受けた。なお、昭和六二年一二月ころには、原告の頸部の症状はほぼ軽快し、顔面の症状も口内等局部の感覚異常が残存する程度にまで回復していた。

(4) その後、原告は、顔面等に頑固な神経症状の後遺障害が残つたとして、自賠責の被害者請求をしたが、後遺障害別等級表所定の後遺障害には該当しない旨の判定を受け、さらにその後、後記医師の意見書等の出揃つた時点で、右判定に異議の申立てをしたが、原告主張の後遺症(三叉神経痛又は大後頭三叉神経症候群)が外傷によるものであるとの立証が困難であるとの理由により非該当であると再度判定された。

(5) なお、原告は、満一五歳のころに蓄膿症(慢性副鼻腔炎)に罹患し、そのころ手術をして一応治癒していたが、前記右顔面のしびれや疼痛発作が右顔面の鼻の横の部分に出現したことから、右症状の治療にあたつた市立豊中病院の担当医師は、右症状に対する治療と併行して、鼻部の診察、検査をし、副鼻腔洗浄等の処置をし、原告の症状につき、三叉神経痛のほか「慢性副鼻腔炎術後」という傷病名を付した。右担当医師は、右症状は三叉神経痛によるものとしたが、三叉神経痛と副鼻腔炎術後との関係については、副鼻腔炎術後が三叉神経痛の原因であるか否かについては不明である旨判断している。

(三) 三叉神経痛及び大後頭三叉神経症候群に関する医学的知見について。

(三叉神経痛について)

(1) 三叉神経は、感覚と運動両線維を有する混合神経で、神経核は脳橋部にあり、ここから、一旦、第二頸椎付近まで下行して上昇し、三叉神経節で三枝に分れ、第一枝は眼神経、第二枝は上顎神経第三枝は下顎神経と呼ばれ、それぞれ右各部位付近に分布、走行する(甲七、乙二)。

(2) 三叉神経痛の特徴は次のとおりである(甲七、乙四)。

<1> 顔面片側に突発的におこる激痛発作で、三叉神経の走行に一致する。

<2> 鋭利で激烈であり、数秒から一分以内に消退する痛みの発作を繰り返す。発作の間欠期に痛みはない。

<3> 顔面の触覚刺激のほか、食事、会話等の動作、刺激により発作が誘発される。

<4> 他覚的所見を全く欠く。顔面知覚の鈍麻等を伴うことは極めて稀である。

(3) 三叉神経痛の原因については諸説あるが、主として、小脳橋角における三叉神経入口部で血管が神経を圧迫するという説が有力である。三叉神経痛が、交通事故(いわゆるむちうち症)により発症したとの臨床報告、論文等は、現在まで存しない(乙七の三、脇証言)。

(4) 三叉神経痛は、大別して、症候性のもの(腫瘍や血管奇形等明らかな神経圧迫物が認められる場合)と特発性のもの(明らかな神経圧迫物が認められない場合)とがある。

(5) 副鼻腔炎により三叉神経痛が発現することもありうるが、発現するのは、骨まで副鼻腔炎の炎症が及んで骨を溶かしたり、眼窩等の表面に炎症により病変を形成するなど、副鼻腔炎が重篤な場合に限られる(脇証言)。

(大後頭三叉神経症候群について)

(1) 大後頭神経とは、上部頸椎(第二頸椎)神経根から出て、その上部、後頭部に分布、走行する神経である(甲一八、一九)。

(2) 大後頭三叉神経症候群とは、大後頭神経が障害された場合に、その分布領域のみならず、三叉神経領域にもその症状が現われるものをいう(甲一八ないし二〇、乙七の一)。これは、前記のとおり三叉神経が一旦第二頸椎の高さにまで下行してから上昇するところ、その際、三叉神経と大後頭神経が解剖学的に接近するので、両者間に機能的に密接な関係が生じるため発現するものと考えられている(甲二〇、乙七の一)。

なお、第二頸椎神経後枝は、他の頸神経根と異なり、椎弓根部や推間関節によつて保護されることなく、直接椎弓の外後方に出るため、外傷を受け易い。環椎と軸椎間の過伸展、過屈曲によつて一次的に第二頸椎の神経根が障害される。また、項筋群のれん縮によつて第二頸椎の神経根が二次的に刺激されることになる。その結果、大後頭神経の刺激症状又は大後頭三叉神経症候群の症状を惹起することになる(甲一八)。

(3) 大後頭三叉神経症候群の症状は、大後頭神経障害に伴う後頭部痛、項部痛のほか、三叉神経の症状として眼痛、偏頭痛、顔面痛、三叉神経領域の痛覚鈍麻等が現れる(甲一八、一九、乙七の一)。

もつとも、大後頭神経領域の症状がなく、三叉神経領域の症状のみが現れることもある(甲二〇、乙七の一)。

(四) 原告の右顔面疼痛発作と本件事故との因果関係に関する医師等の意見について。

(1) 脇医師の意見(甲一二の二の一、甲一四、脇証言)

脇医師は、原告の疼痛発作の発現部位、発現態様が三叉神経痛のそれに一致すること、疼痛発作が発現していない時には他覚的な神経症状が全くないことなどから、原告の症状は三叉神経痛であるとする。

そのうえで、本件事故との因果関係については、次のとおりの理由により、これを一応肯定する。

<1> 本件事故と原告の発症が時間的に近接していること。

<2> 本件事故によつて発症することのメカニズムの説明が一応可能なこと。即ち、原告の場合、頸部捻挫により脳幹部が動揺し、それに伴つて脳内の血管系も動揺し、椎骨脳底動脈のずれを生じ、ずれの生じた右動脈によつて三叉神経を圧迫したものと考えられなくはないとする。

<3> 他に、原告の症状につき、積極的に思い当る原因がないこと。

なお、脇医師は、交通事故(頸部捻挫)によ て三叉神経痛が発症したという報告例がないことからすると、特発性の三叉神経痛である可能性も否定できないとする。

(2) 医学博士、医師松田英雄氏の意見(乙七の一、松田医師は、原告の診療に直接あたつた者ではないが、診療録等を閲読のうえ意見書を提出した。)

松田医師は、原告の症状につき、大後頭三叉神経症候群であり、三叉神経痛ではないとするが、その根拠は次のとおりである。

<1> 三叉神経痛では、頸部、肩部に症状が出ないのにこれが出ていること。

<2> 三叉神経痛では、顔面等にしびれが発現しないのにこれが出ていること。

<3> 本件事故により頭蓋内の三叉神経の圧迫を生じることや頭蓋内の三叉神経近くの血管の走行が変化することは考えられないこと。

そして、松田医師は、本件事故と原告の症状との因果関係について、結論として、「本件交通事故による受傷の直接的な因果関係は、大後頭三叉神経症候群であると考えられる。」旨の意見を述べる。

(3) 医学博士野村正行氏の意見(甲一六の一、野村氏は、原告の診療に直接あたつた者ではないが、意見書を提出した。)

三叉神経痛がいわゆるむちうち損傷後に発生するのは明白であり、「外傷性頸部症候群、大後頭三叉神経痛」なる診断書も多発されている。三叉神経痛の発症機序については、追突による頸椎の過屈曲、過伸展で脳幹部の循環障害(自律神経障害)を起こし、これが三叉神経痛の原因となつたものと考えるべきであるとする。

(4) 阿部能之医師(市立豊中病院における担当医師)の意見(甲一三の二の二)

三叉神経痛による症状であることを前提とし、特発性三叉神経痛の疑いが強いが断定はできず、本件事故によるものとの可能性も否定できない。

(5) 金医師(市立豊中病院の医師)の意見(乙一の二)

三叉神経痛と本件事故との因果関係は不明である。

2  判断

以上の事実に基づいて、争点1について判断する。

(一) 原告の右顔面の症状につき、松田医師(及び野村氏)は、大後頭三叉神経症候群であるとし、脇医師らは三叉神経痛である旨意見を述べるが、原告に右顔面疼痛発作が発現したのとほぼ同時期に右顔面のしびれ、口内のしびれ、歯痛等の神経症状が発現し、これらの神経症状はその後も継続していたこと、三叉神経痛においては疼痛発作の発現していない時には他覚的な神経症状を全く欠く(ないし極めて稀である)とされているのに対し、大後頭三叉神経症候群では顔面の痛覚鈍麻やしびれ等の神経症状を伴うことがあるとされていること、原告の症状の発現部位、発現態様が大後頭三叉神経症候群のそれとも一致すること(もつとも、原告の場合、後頭部から項部にかけての顕著な症状は認められないが、大後頭三叉神経症候群では、大後頭神経領域の症状がなく、三叉神経領域の症状のみが現われることもあるとされていることからすると、右症状を欠くことが、原告の症状が大後頭三叉神経症候群の症状と一致すると認定することの妨げにはならない。)に加え、弁論の全趣旨をも総合すると、原告の右顔面の症状は、大後頭三叉神経症候群による症状と認定するのが相当である。

(二) 本件事故と原告の大後頭三叉神経症候群発症との因果関係について。

前記認定の本件事故態様によれば、原告は本件事故前に被告車の接近を認めその追突を予見して体に力を入れるなどの防御体勢をとつたものではあるが、原告車の停止後、原告が被告車を発見したのは本件事故の直前であり、防御体勢といつてもどの程度十分な防御体勢がとれたか疑問であるうえ、追突後、原告車は前方に押し出され、約二・六メートル前方のA車に追突してやつと停止したことや原告車、被告車、A車の損傷状況からすると、本件事故の衝撃は大きく、これが原告の身体(特に頸部)に与えた侵襲の程度も軽微なものではなかつたと認めるのが相当である。

そして、大後頭三叉神経症候群は、第二頸椎の神経根の障害又は刺激により発症するものであるとされ、しかも第二頸椎の神経後枝(神経根)は椎弓根部や椎間関節によつて保護されず、他の頸神経根に比して外傷を受け易いとされているところ、前記認定の本件事故の態様及び衝撃の程度からすると、本件事故による衝撃は第二頸椎の神経根の障害又は刺激の原因に十分なりうるものであると認めるのが相当であるる。

そして、これらのことに、原告の大後頭三叉神経症候群の発症が本件事故の約二か月半後であつて、必ずしも時間的隔たりが大きいとはいえず、右発症時には頸部捻挫による症状も継続していたことや前記松田医師が原告の症状を大後頭三叉神経症候群であるとしたうえで本件事故との因果関係を肯定していること並びに本件事故以外に大後頭三叉神経症候群の発症機転となるべきことがあつたと認めるに足りる証拠がないこと(なお、被告は、原告の症状は副鼻腔炎に起因するものである旨主張するが、副鼻腔炎が三叉神経痛の原因のみならず、大後頭三叉神経症候群の原因になりうることを認めるに足りる証拠はなく、さらに、三叉神経痛の原因となる場合でも副鼻腔炎が重篤でその炎症により骨を溶かしたりなどしている場合に限られるとされているところ、原告の副鼻腔炎の症状がその程度にまで重篤であつたことを認めるに足りる証拠はなく、被告の右主張は理由がないことに帰する。)、さらに前記各医師等の意見には、原告の症状と本件事故との因果関係を積極的に否定するものがないことを総合して考慮すれば、原告の右顔面の症状(大後頭三叉神経症候群)は、本件事故により発症したものと認めるのが相当である。

(三) 相当な治療期間

右のとおり、原告の右顔面の症状(大後頭三叉神経症候群)が本件事故によるものであるとすれば、原告が右症状に対する治療を受けていた市立豊中病院における治療期間(昭和六一年一〇月二四日まで)は、少なくとも本件事故と相当因果関係があるというべきである。

(四) 後遺障害の有無

前記事実によれば、原告の本件事故による右顔面の症状は、昭和六一年一〇月二四日に、神経症状を残して固定したというべきである(なお、昭和六二年一二月ころには、顔面の症状も口内等局部に感覚異常が残存する程度にまで回復していたことや、大後頭三叉神経症候群による症状は、頸部交感神経のブロツクをすれば寛解又は消退するとされていること(乙七の一)からすれば、右神経症状は頑固な神経症状とまでいうことはできない。)。

二  争点2(損害額)について

1  治療費(請求額金一万九一一〇円) 金二九一〇円

原告は、市立豊中病院における治療費を請求し、前記のとおり、市立豊中病院における治療は本件事故と相当因果関係にあるというべきところ、証拠(甲一〇)によれば、市立豊中病院における治療費(患者負担額)は、金二九一〇円であることが認められる。

2  後遺障害による逸失利益(請求額金八四一万六七三一円) 〇円

前記事実によれば、原告は、昭和六一年一〇月二四日に、右顔面に神経症状の後遺障害を残して症状が固定したものではあるが、昭和六二年一二月ころには、口内等局部に感覚異常が残存する程度にまで回復していたこと、前記の大後頭三叉神経症候群の予後に関する医学的知見からすると、原告の症状は今後寛解又は消退することはあつても増悪するとは考え難いこと、原告は、本件事故後一切減給されず、かえつて昇給していたこと(原告本人)を総合して考慮すると、原告には、後遺障害による逸失利益は発生していないというほかない(もつとも、原告は、本件事故後、頸部痛、顔面の疼痛発作、顔面のしびれ感などを抱えながら、職責上就労を継続していたものであり、さらに右症状に対する治療薬である抗けいれん剤を服用すると集中力が散漫になるにもかかわらず、努力して就労していた(原告本人)ものであり、原告が減給されなかつたのは、右努力等によるところが大きいとも考えられるが、このことは前記諸事情に照らせば、財産的損害として評価することはできず、慰藉料の斟酌事由にとどまるといわなければならない。)。

3  慰藉料(請求額金四〇〇万円) 金二五〇万円

以上認定の本件事故態様、受傷内容、通院期間、後遺障害の内容、程度、原告の年齢に加え、右のとおり、原告は、本件事故後減給されず、逸失利益は発生しなかつたが、これは、原告が頸部、顔面等に症状を抱えながらもその職責上努力して就労を継続したことによるところが大きいと考えられ、右努力は慰藉料額算定のうえで評価しなければならず、これらのことに本件において認められるその他の諸搬の事情を総合して考慮すれば、本件事故によつて原告が受けた肉体的、精神的苦痛に対する慰藉料としては、傷害分、後遺傷害分を合わせて、金二五〇万円とするのが相当である。

4  弁護士費用(請求額金九六万円) 金二五万円

本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、金二五万円と認めるのが相当である。

(裁判官 本多俊雄)

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